新国立競技場の工事費が下がらない理由へのツッコミとかそのほかいろいろ。
新国立競技場の工事費が下がらない理由|建築エコノミスト 森山のブログ
こちらの記事を読んで、
どちらかというと土木的目線で
ツッコミどころがあったのでいくつか書いてみたいと思います。
記事の趣旨である「ザハ案は構造の検討しっかりやってるの?実施設計とゼネコンにあとは任せるとか無責任なやり方はやめなさいよ」という意見には賛成です。
民間の建築ならまだしも、公共建築で予算が設定されてる中で、構造の検討をやらずに物理的に成り立たない構造を案として選んでも意味がありません。
また、他にしっかりと構造検討をしている案があるならば不公平という考え方もあります。
ちょっと前置き。
◆「あれだけ有識者が集まって構造の検討をしてないとは思えないけど?」
「あれだけ有識者が集まって構造の検討をしてないとは思えない」という意見もあるでしょうが、驚くことなかれ
コンペで選んだ案が実際には作れなかった!というのはよくある話です。
ザハ本人だと 1983年のピーク・レジャー・クラブ(The Peak Leisure Club)のコンペが有名。磯崎新が推薦した1位のザハ案は到底作成不可能だったといわれています。
より荷重条件がきびしくなる土木の橋のコンペにおいてはこれが顕著になってきます。
たとえば大阪の浮庭橋。この浮庭橋も
コンペが実施され最優秀案となったのはこちら
・・・。
え、その主塔(吊橋のケーブルを支える塔)その細さでいけるんですか?
と橋梁の技術者なら一目でツッコミを入れるところですが
案の定できたのはこちら。
講評では「軽やかな空中広場の上に展開されている斬新なアイデアで、橋という概念に対して挑戦的ともいえる提案が評価された」とされています。
実際に作ろうとすると主塔はケーブルを支えるため、ある程度の太さが必要ですね。(橋の上の庭に入れる土が雨天時水を含み荷重が増えることを想定し忘れていたのでしょうか…)
直接評価をすることは避けますが 軽やか??・・・。
コンペで見た目を選んで、その見た目が変わってしまうというのは本末転倒ではないでしょうか。
◆建築の業界における意匠と構造
なぜ、こんなことがおきるのか。
これは建築の業界が意匠と構造に分かれていること。
土木の橋梁業界は構造屋しかいないこと。などなど多くの要素が原因です。
建築家の中には、構造計算や構造検討をやらない人もいます。
「専門」があるというわけです。
「意匠」すなわち見た目の専門家と
「構造」すなわち物体が物理的に成り立つか?の専門家
多くの有名な建築家は意匠が専門です。
意匠が専門でありながらも、構造の合理性を追求する建築家もいないわけではないです。たとえば国立代々木競技場で有名な丹下健三。
こちらの構造設計は坪井善勝ですが
丹下健三と坪井善勝の設計検討時の会話は「どちらも構造の専門家に見えた」という逸話も残っているほどです。
余談はさておき、
コンペにおいて意匠の専門家だけ集まって案を決めてしまった。
というのが新国立競技場や浮庭橋のコンペにおける問題点です。
◆先の記事にたいするツッコミは?
前置きが長くなりましたが、新国立競技場の工事費が下がらない理由の内容に関して、いろいろ誤解を招きかねない部分があるのでツッコミを入れていきたいと思います。何度も言いますが趣旨に対して異論はありません。
実施設計部隊とゼネコンがあとは考えるからいいや~という態度はやめてほしいです。
新国立競技場は橋だ!
このザハ案による新国立競技場、これって建築っていうよりも実は土木。
土木的スケール。
その土木界の中でも花形工事の巨大な橋梁といってもいいでしょう。
半分賛成。
間に柱を立てず屋根を支えるという荷重条件は橋といってもいいかもしれません。土木的スケールという言い方もあながち間違っていないと思います。
ただ、当たり前ですが基づく法律が違います。
新国立競技場はあくまで建物であり、屋根の上を過積載のトラックが大量に乗るわけではありません。
橋(道路橋)ならば、「道路構造令」に基づいて
橋一面に過積載のトラックが埋め尽くされたとしても全く問題ないようにしないといけません。
橋と屋根とでは想定する荷重の条件が全く異なります。屋根のほうが圧倒的に条件が緩いので、実際にある橋ほどの部材は必要ありません。
なので元記事の
新国立競技場はあの長さで柱がないから橋だ!→スパンからいくと港大橋だ!→ありえない!できない!
という流れは荒っぽいと思います。
橋梁の構造形式
というのがですね、
橋梁というのは構造方式においていくつかの種類があるんですが、
下記の資料解説において上から下に向かって技術進化しています。
これは違います。
斜張橋が一番技術的に進化してるみたいな書き方ですが
そもそも材料効率がもっとも高いのは吊橋ですし、今世界一長い橋を作ろうとすると必ず吊橋となります。
斜張橋では主桁(車が通るところ)にケーブルが接続され、主桁に「圧縮力」が発生します。このため長い橋では主桁に不利な力の発生しない吊橋が有利です。
また、吊橋のほうがトラス橋より歴史が古く技術進化の結果 吊橋が生まれたわけでもありません。
というかですね、橋の形式をこうやって分類すること自体もうすでに考え方が古いといってもいいかもしれません。
これら形式同士の「中間的な形式」が多数存在するからです。
たとえば桁橋とアーチ橋ならこんな感じ
形式同士には、このような見た目も構造的にも中間的な橋が存在しているため
形式をバラバラに分けて、これはこれより技術的に優れているとかいう議論をすることができないんですね。
架設の話
次に最大の問題点が、竜骨の設置時に起こります。
通常、巨大な橋桁というのはどんなところにあるでしょうか、、、
鉄道や道路では深い峡谷を渡る、そういったところですよね。
まず川ですよね、しかも巾のある大きな川、一級河川とかです。
あとは、港湾とか運河のあたりでしょう。
いずれにしても橋梁の設置は大変なんですが、
海や川では水運が利用できます。
そのあと大阪の夢舞大橋の画像が貼られています。
巨大な鋼材や長い梁材なども海や川であれば
船で運ぶことが可能。
これは勘違いしてしまう方も多いかもしれません…
あのですね。画像の夢舞大橋は可動橋です。
この画像は部材を運んでる様子ではなく、船を通すために橋が動いている写真です。
(正確には可動テストをしている)
それとですね、この規模のアーチ橋・・・どこかで骨組作って丸ごと持ってくるなんて方法はとりません。
フーバーダムの渓谷に北米最長のコンクリートアーチ橋が完成|プレスリリース|株式会社大林組
たとえばこちらの北米最大アーチ橋 コロラドリバー橋では
こんな風に施工していました。
ケーブルでアーチの部材を支えながら伸ばしていき
くっつけるといった感じです。
しかし、ザハ案にもどって考えたときに、
この2本の巨大な橋桁はどこからどのように運んでくるつもりなのか
2本の橋桁はまるごと運びません。
以上です。ちょっと誤解されるところが多い記事かなと思ったので
自分が考えたところを書いてみました。