これをNとしよう

どこかの理系が思いついた長文をかくところ

新国立競技場の構造がどうして基本設計で変わったのか(その1)

新国立競技場、コンペ審査の“激論”が明らかに|日経BP社 ケンプラッツ

 

さて、新国立競技場のコンペ審査の情報が断片的ながらでてきました。

前の記事でいろいろと、コンペの問題点などを書いてみたのですが

新国立競技場の工事費が下がらない理由へのツッコミとかそのほかいろいろ。 - これをNとしよう

 

・・・あまり構造に触れた記事がなかったため自分が書いてみることにします。

 

今回は、新国立競技場の当初ザハ案が

 

2012年11月の国際デザイン・コンクールで最優秀賞に選ばれた時点でのザハ・ハディド・アーキテクツの案。北西側から見る(資料:日本スポーツ振興センター)基本設計で固まった新国立競技場の完成予想図。南西側から見る。日建設計・梓設計・日本設計・アラップJVが基本設計を手掛けた(資料:日本スポーツ振興センター)

 

どうして基本設計案のような構造になったのかの推測を

構造力学的なアプローチで説明していきます。同時にザハ案があんまり考えていないなぁというところにツッコミをいれていきます。

 

まず前記事でも述べた予備知識ですが

建築家には意匠屋さんと構造屋さんがいます。(正確には設備屋さんもいる)

そして、多くの建築では建物の構造は外に出てこないですし、外から見えません。

高層ビルの骨組である、鉄骨は外から見ても基本的に見えないですよね?

 

このため、有名な建築家は「見えるところを手掛ける」意匠屋さんが多いです。

 

一方で、ドームのような大規模建築では、屋根下に広い空間が必要なため、必然的にいかに柱を立てずに屋根をかけるか?考慮しないといけなくなります。つまり構造の制約が相対的に大きくなります。

 

 

有名な建築家(意匠屋さん)が「みため」でドームをデザイン

 ↓

コンペで 別の有名な建築家たち(意匠屋さん)が「みため」でチョイス。

(これくらいなら日本の技術力で作れる!)

 ↓

発注者「この見た目でおねがい。いろんな建築家ができるって言ってた」

 ↓

設計者(構造屋さんetc)「  」

 

 

これが今の状況です。

 

 

構造が成立しないって何?

ちょくちょくみかけるのですが、「お金をかければザハ案を忠実に再現できるのに」といった意見があります。残念ながら、構造が外から丸見えの新国立競技場ザハ案で、当初から「構造を雰囲気で決めてしまっている」と実際に不要な部材が余計に構造体の負担となったり、大きな力の処理が、コンペ時の「みため」のまま処理できないという事態に陥るのです。

構造が成立しないというのはやや専門的なので、かみくだいて説明します。わかりにくいと思った方は、絵と太字を飛ばし読みしてください。

 

建築にしろ土木の橋にしろ、構造の基本は単純梁です。一本棒をわたしました…それが単純梁。これにおおきな荷重が加わるとしましょう。全体に。どうなるでしょうか?簡単に想像がつきますね。真ん中から折れます。

 

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専門的にいうと、等分布荷重によってスパンの中心に最大曲げモーメントが生じ、桁断面ではそれに耐えられず、破壊してしまうと言った感じです。(厳密にいうと怒られる文章) 

簡単にいうと、

構造の基本は一本橋渡しの棒。で細すぎると折れるわな。真ん中から。

といった感じ。

「構造が成立しない」の基本的考え方です。

 

では、どうすれば棒は折れないでしょうか?

・材質を変える。

・太くする。

が簡単な答えでしょうか。

これで、そこそこ大きな荷重にも耐えられます。ただし、橋渡しの距離が長くなると限界が来ます。何が原因か。距離が長くなればなるほど、梁の自重が大きくなってくるためです。桁断面を大きくして、抵抗しようとすると自重増分によって曲げモーメントが増大し、最大効率をもってさらに曲げモーメントを大きくするという悪循環に陥るということです。

 

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簡単にいうと

折れるから太くするのも限界あり。なぜなら、自分の重さに耐えられなくなるから。

ということ。

 

当初のザハ案って構造が成立してない?

構造が成立しないの意味が大体わかったところで、次。当初のザハ案です。あまりそういった視点での指摘がなかったのですが、以下のような理由でほぼ構造が成立しないのではないかと推測できます。

 

  1. アーチが扁平で、単純梁の性質を有する。
  2. Secondary trussがほぼ無駄な構造材である。どう解釈しても変。
  3. アーチによって生じる水平力を考慮していない

ひとつひとつ説明していきましょう。

 

 

1.アーチが扁平で、単純梁の性質を有する。

 

アーチ橋は、どうすれば棒は折れないか?の問いに対して、太くする、材質を変える以外の答え「構造システムで対処する」を実現した橋です。棒をアーチ型に曲げて両端を固定すると上から荷重が乗った時に、棒の断面に対してほぼ垂直に力が働くようになります。これを棒に対して圧縮力が働くといいます。直感的に考えてもわかると思いますが、断面に対して垂直方向に対しては部材はかなり強いです。少なくとも曲げようとする力よりも耐えそうですよね。

 

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そしてこのアーチ橋ですが、しっかりとアーチの形をとっていないと、曲げようとする力がアーチ部材に働いてしまいます。

 

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この図が桁 ~ アーチの連続的な変化を示したものですが大体、長さ:高さが5:1くらいがぎりぎりのラインです。それより扁平であると、圧縮力が卓越するのではなく曲げる力が卓越してしまいます。

ザハ案の当初案は、図面の情報が少なく不確定なのですが長さ350~400mくらい飛ばしていて高さが75m程度。5:1程度でアーチ効果が一応は期待できるものです。

ただし、圧縮力が卓越するアーチ橋と桁橋の中間くらいの性質だと思っておく方がよい形です。これだけならよかったのですが、次の2、3で構造的に全く考えられていないことがわかります。

 

2.Secondary trussがほぼ無駄な構造材である。どう解釈しても変。

 

これが決定的です。適当すぎます。

MakeSeen-Zaha-Hadid-Tokyo-National-Stadium-06

 

これのハの字の部材です。このハの字部材、もし下図のようなアーチを想定して、ハの字部材をいれているならザハ側が思っているような効果はありません。下の図のようなアーチは矢印部分(下面)に荷重が乗ることを想定し、それがハの字を伝わってアーチ部材全体に流れるという構造システムです。

これに対して、新国立競技場で荷重が支配的なのは上面(自重および膜をささえる)です。このsecondaryトラスとかいう謎ハの字部材がもし固定されているとすると、アーチ効果は失われるばかりか、このハの字部材の自重が「アーチ風」の単純梁にかかり、ザハの想定している「アーチ風」部材システムは崩壊します。

 

 

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この部材は、ザハが想定しているように構造的に機能することはありません。そして、なんとか構造的な意味を与えるには、アーチの面外座屈や地震時の横揺れを抑えるために繋ぎ止めるという役割を与えるということになるのですが(この時点で、設計者の作った見た目を守るためだけに調整しているので本末転倒です)

案の定、基本設計案ではこのハの字部材、かなり位置を変えてサイドストラットという名前で

キールアーチとスタンドを結ぶ部材。地震時や風荷重時にキールアーチに生じる力を受け止め、スタンドに力を流す。』

という役割の部材に変わっています。

うん…それしかないよね…という感じ。

ザハ案では「トラス」と言ってしまっているため、このような補剛部材としての役目は全く考えていないと思われるのですが、アーチの真ん中にそんなハの字部材つけても補剛の意味しかありません。

コンペ時に、この構造概念図を見てだれもツッコミを入れなかったのは、おそらくその場に意匠屋さんしかいなかったからでしょう。「なんとなくアーチっぽい」というだけで、この案は通ってしまったのです。

 

3.アーチによって生じる水平力を考慮していない

こちらに関してはすでに指摘している方がいらっしゃいました。

新国立競技場の基本設計が終わらない理由3|建築エコノミスト 森山のブログ

ザハ側がこの水平力を全然考慮していないのは見え見えですが、これに関しては実はいろいろ対処法があります。

基本設計案では、そこをちゃんと考えているのかな??

と不安だったので2つほどこの水平力の処理方法を書いてみます。上記の森山氏のブログの提案のように両端を基礎梁で結ぶことなく、水平力は「一応」処理できます。

 

 

続きはまた後日。